発酵食品とMellotron

私がMellotronという楽器の存在を知ったのは、1981年10月頃、「ミュージックマガジン」1981年11月号で、当時再結成したKing Crimsonの記事に載っていたファミリートゥリーにRobert Frippの担当に(g, mellotron)と記してあったときであった。同時期私は「宮殿」を聴いていて、"Epitaph"等に使われている妙なキーボードの音に若干恐怖心を抱いていた小学6年生だった。

その後、主にプログレロックと呼ばれるジャンルの曲に多用されていたことを程なくして知った。そのうちにその楽器の醸し出す音色をあれこれ嗜むようになっていたが、ポリフォニックシンセサイザーが一般化した1980年中盤ではMellotronは無用の長物扱いされていた。ところがYBO2がmellotronを現行で使うバンドと知り(その他、ヒカシューでも井上誠さんが弾いていたけれど)まだ楽器として生き続けていると認識していた。

1990年も中頃になるといつの間にかMellotronは復権し、本物かサンプリング音源かは定かではないにしても、Mellotronの音色が再び、というか数10年前以上に認知が広がったかと思う。多分21世紀になってMellotronを知った人の多くは「宮殿」やMoody Bluesの「サテンの夜」等のストリングスの音色ではなく、Beatlesの"Strawberry Fields Forever"の、「フーッフーッフーッフーッ」のフルートの音色の印象が強いのだろうな。

 

当初、Mellotron(とその先祖であるChamberlin)は、アナログサンプラーとしてではなく、家カラシステムに近い電気楽器として開発された。特に、Chamberlinの開発者であるHarry Chamberlinはロックミュージックやロックミュージシャンが嫌いだったというから、最初からマーケティング対象になかったのだろうな。

 

 

先の「ミュージックマガジン」に載っていた鈴木慶一×山川健一の対談で"Epitaph"のMellotronの音色を「チャンバラ映画のエンディングで流れるぼろいストリングス」と表現していてそこで子供心ながらローファイ音源であることこそがMellotronの風味であると理解していた。

私は、Mellotronはサンプリング音源でいうと発酵食品に近い立ち位置だと理解している。ローファイな記録媒体を通じて、生音とは異なる音色に変質、一種の熟成したものとなっていると解している。

Harry Chamberlinが1940年代の技術で無理やり、そして期せずしてサンプリングマシンとして認知される電気楽器を作ったことが、この"熟成プロセス"を介在させたのだ。Chamberlinの製作があと30年位後になったらローファイな音源の楽器にはならなかっただろうから、その時代での技術によるかなり無理やりなものづくりは、歴史的に不可逆な特異な何かを生み出すことにつながるのだろうな。